So−Co

どうしても書きたいことを書き散らかす日記
5月。雑記。

うわー。5月下旬になってしまった…
絨毯を干して片付けて、部屋にはストーブと扇風機が同居してて、私は半袖を着ています。
早いなぁ… 18時過ぎても明るいなんてもう夏認定です。去年より1か月早い。
そしてきっと6月になったら寒いとか言ってるんだろう俺。季節に翻弄されましょう。

ここ最近 ちょっと油断して甘いものを大量に摂取したせいか、軽くお肌が荒れています。
砂糖抜きの効果、凄いです。本当に肌トラブルやアレルギーが回避できてます。びっくりだ!
花粉症も例年に比べて相当楽でしたし、数えられるくらいしかマスクしなかったです。
その代わり顔にシューするやつは毎日してました。1本は使い切り、2本目を買ったところで
今年の花粉シーズンは終わりました。
そんなこんなで相変わらず砂糖を控えています。もう、そう簡単に食べたいとか言えない。
すっごいおいしいし すっごい大好きだけど。
最近早回しでお料理とかデザート作る動画が流行ってるでしょう?
それ見ると物凄く上手に(動画が)作ってあるので面白くてつい見てしまうのですが、
このバナナタルト作るためにこんなにお砂糖入れてるんだ!とか、
このあんこ作るために以下同文、とか思うと本当、ああ、ごめんなさい。と思います。
もう少しで健康診断なので、その時の数値を正確に測るためにもう少し頑張ります。
これで改善してたら笑っちゃう。今まで色々してたけど結局そこかい、ってなりそうです。

さて、お風呂で本を読むんですが、最近ようやく手を付けたのが嵐が丘でした。
随分前に買って、なかなか入れずにいたものです。こういうのを「つんどく」っていうの?
でも読み始めると凄いんですねこれ。
人の性格の描写というか、登場人物を書き分ける力が物凄いなと思いました。
感情移入も難しいし、外国物はやっぱり無理かな…と思って読み始めたんですが
途中からグイグイ引き込まれて、しかも凄い疲れるという。
登場人物が強烈な人達ばかりで、「付き合ってらんない」という気持ちになるという
不思議な事が起きました。こういう感じは初めてだ。
どいつもこいつも傍若無人で勝手で、なのに自分は物凄く気を使って生きてると思い込んで
それを回想している人物もかなり自分勝手という、そういう人達をこんなにたくさん出して
それでもこんなに冷静に物語として成り立たせている力って凄いなぁ!と疲れながら思います。
読み切るまで読んじゃおうかな、と一気に読み進めたくなるほど引き込まれる本です。
訳者の方も力をお持ちで、巧みなのでしょうね。何せ岩波文庫だもの。さすが。
岩波文庫が一番好きです。文字の小ささから行間のぎゅっと詰まった感じ、
堅くて近寄りがたくて、でも必要な註釈は必ず近くにあって痒いところに手が届く。
そういう硬派なところがとても良い。
しかも第1版が1960年に出てるものの35刷で、1988年といえば
バクチクがようやくこの世に出てきた時代のものですよ。わくわくする!
だから今では使ってはいけない言葉がガンガン飛び出してきて、そうよね、
こういう臨場感が大事だし、面白さだし、登場人物の性格や性質って
そういうところからも想像するよね、勢いってためらっちゃいけないよね、と思います。
原作の絶妙さを生かすも殺すも翻訳次第となると、そこに生じる制約のなんて馬鹿らしいことか
こういう時にいつも感じます。こないだのザジの字幕でも書いたけどさ。
「◎◎!(言っちゃいけない言葉)」って言ってる場面が一番面白いんじゃん。
そしてもう少し自由で大らかだった昔の時代に思いを馳せる俺がいる。

なんで嵐が丘を読もうと思ったんだっけ と思い出すと、嵐が丘の曲で何か作れないかと思ったからでした。
あの、声の高い女の人の… えと、えと、ケイト・ブッシュ!
ケイト・ブッシュ思い出そうとしてたのにキャシー・ベイツばかり思い出して困るという不思議。
全然違うし職業も違う!
でもフライドグリーントマトは名作だと思います!
今日も不安定に着地できて満足。どうでもいい話で次号に続く。

| 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
KA・FU・N
今年もやってきました。
例年、始まる時に 今年は勝つ!とやる気満々でいるのですが、1か月経つ頃には完敗です。
花粉です。
本来味方であるはずのマスク先輩にも負けます。あまりにも毎日していると皮膚が剥けるのです。
年齢を重ねるごとに「顔はやめて!」と本気で思うようになり(あとが大変)
今年は苦肉の策でとうとうこれを試してみることにしました。

か、買ったった…っ!嗚咽。

何故をこれを選んだかというと細野さんがCMしてるからです。それだけか。
あと鼻の中に入れるマスクも買いました。一回試してみたかったの、鼻穴用だけのマスク。
マスク先輩大好きなんですけど、1日の8割くらいでずっと装着してると
耳が痛くなる→頭が痛くなる→偏頭痛が起こり易い という別の症状も出てくるので
不快感を少しでも和らげられるなら何でもしたい気持ちになるのです。
花粉症なんて世界で一番馬鹿らしい症状だと思っていますが、対策を怠ると辛いのは自分なので
防げるものは全力で防ぎたいし、あらゆる可能性を試してみようと。
ネトルっていうハーブのお茶も飲んでみてるんですけど、なんていうかね、まぁお茶だしね。
お茶で症状が良くなるならアレルギーの薬(高価なやつ)なんて要らないしね。
…なんて穿ったことをぼんやり考えてしまう私にネトルのお茶の効果が出るわけない。
すいませんすいませんすいません!
本格的に花粉が飛び始めた屋外に通常のマスクなしで出ることにビクビクするだろうなと思いつつ
それらにどのくらい効果があるか早く使ってみたい今日この頃です。

でも真面目な話、砂糖も抜いてるから少し症状も緩和されるんではないかと思ったりもしてます。
なんだかこれまでの食生活が全てを左右している気がして 色々「たられば」を思うんですが
今まで凄くおいしかったし楽しかったし、今だって甘いものを食べたい気持ちは萎えないので
上手く付き合っていこうと思います。だってやっぱおいしいし楽しいもん。
よく砂糖抜きをされた方の体験談で
「甘いものが目の前にあっても食べたいという気持ちはなくなります」的な話が書いてありますが
私の場合全然なくなりません。チョコの季節が来ると ぅわぁ美味しそう!って思うし
黒糖饅頭なんかあったらいつだってペロリしたいくらい食べたいです。
そうそう、こないだバレンタイン特集の冊子でシュガーフリーのチョコを紹介してたんですが
すごく高くてびっくりしました。オーストラリアのなんですが日本未発売らしくて
まとめ売り+渡航費で7,000円くらいしちゃうの。
さすがにそれを買う選択はないなと思いましたが、やっぱり世界的に「そういう意識」もあるし
「そういう商品」も作るだろうし、需要もあるんだなと思った次第です。
あれ? なんの話だっけ。

花粉も始まりつつ毎日極寒で、おまけに入試シーズンですね。全力で応援してるぞ!
受験生も社会人も疲労困憊の冬の末期ですが、合間に休んで、緩めて、好きなこともして、
良い春を迎えられますように。
| 20:21 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
メイ!デイ!
5月おめでとうございます。
ようやく暖かくなってきて身体がとても楽ですね。年中夏だともっといい。
と思っていたら北国では雪のようで、この感じね、知ってる知ってる。
気温的には(こちらの)3月だから雪が降ってもおかしくない。
去年この時期法事で行きましたが、桜満開でしたもの。
道南ですがオニウシ公園て素敵な場所があるから是非行ってみてくださいね。
北も南もどうか一日も早く健やかな春を迎えられますように。

ところで自分が異動になるなんて思いもしませんでしたが、異動です。
部署を越えての大袈裟なものではなく内部でのことなので大した事はありませんが、
どうやら保守的なこの仕事場では結構思い切った決断だったようですよ。
すべて、目的がいい具合に遂行されるために と考えるのが一番だと思うよ!
今までは「世の中にこんなに言葉の通じない大人がいるのか」と思うくらい
稀に見る異常な状況だったので、然るべき人事だと思います。
これ以上酷いことはきっともうない。私は底辺を見たのだ!
…と思うことで、次に入ってきてくれる方はこんなに酷くないだろうと高をくくっていますが、
割と普通でない人が多いので何が起きても不思議ではないとも思っている。
手に負えない人は様子を見る。これに限ります。

全ては休み明けに判明します。取り敢えず席を引っ越してきたので快適です。
近くにいないっていうだけでこんなにも気持ちが変わるものなのですね。
心の中は久々の凪でございます。
どうか覆されませんように… 
 
| 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
素晴しい日常のはなし
大人になって、というか、今がわりと心を開き続けている時期だからなのかもしれませんが、
ここに来て本当に素敵な出会いが沢山あってですね。日常生活って結構幸せなことがあるんですね!(かわいそう・・・)
色んな場面でかわいこちゃんから声を掛けられてお友達になるパターンが多くびっくりしているところです。
自分から声なんて掛けられませんし、あわよくば見つけてもらって何かが引っ掛かれば…みたいな受け身人生でして
物事人間関係諸々の流れを俯瞰で観察することが多く、ずっとそういうのとは縁がなかったわけですが
何だろうな、以前ほど怖がられなくなってきたのでしょうかね。こちらも警戒心はそれほどありませんし。
昔は何重にも殻被って布団に包まってた自覚もあって、そうね、まだ踊ってもなかったしBTどっぷりでしたもんね。
そんな理由か。そりゃ尖がりまくったナイフで円滑な対人関係なんて無理な話です。
スタンスは以前と変わらず内向的で様子を伺う姿勢なのですが、構ってくれる下の世代の子達が
懐に入り込むのが上手なんでしょうね。大らかというか度胸があるというか、
こんな人間相手に勇敢だなぁと思って感心します。
こちらも社会生活も長くなると締めるところ・緩めるところが分かってきますし、
服装なんてふにゃふにゃで そういう緩んでいるところを見てるんでしょう。
だいたいニット帽が可愛いだの服装がどうだので 面白そうだなと思って近づいて来て下さるようですが、
今日バスの中でお話してくれた子なんてこの世のものと思えないくらいの可憐さで、性格も声も可愛くて
話し方もきちんとしてて、でも自分からお名前教えてくれて、私 すっごい動揺しちゃって
外見はニコニコしながらも 内心「うわわわ!なんてことだ!こういうの苦手!」なんて思っていて、
でもお名前教えてくださいって言われたらそりゃきちんとお応えしないと…みたいな必死な感じになっちゃって。
面白かったです、自分が。
年もばらしちゃってさあ、なんて過剰なサービスだ。誰も得しないのに。
どうやら2、3個くらい上だと思われていたそうで、実は5つ以上年上でビックリされて本当にごめんなさい!!
こんなんで申し訳ない!と全力で謝ってきました。
でも朝からとてもいいクリスマスプレゼントを頂いたなーとニコニコしちゃったよ。

-----------
さて、プラさんの『剥製』が届きまして、通常版にね、ナカヤマさんがついて来てくださったのです。
なんてありがたいことだ! これもクリスマスプレゼントです、自分にご褒美(出た)
インソムニアブルース、みんな大好きでしょー。わたしも大好きです。たださんにしてやられた感が物凄いです。
ソフトバレエの「YOU」を思い出したりしつつ、根底に私が通ってきた洋楽の匂いが。
ジーザスジョーンズとか思い出しました。上手いよねぇ!
エコーに比べたらかなり開けた、勢いのある一枚だなという印象です。インスト大好きです。
頭とお尻の関係とか、こういうところに力を入れてくださるバンドがとても好きだ。
ツアーで生で聴くの楽しみだなー。これから2万回くらい聴いて、徐々に開拓していきたいと思います。
 
| 14:01 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
琴線について
他人とずれた感性をしています、と自分で言う胡散臭さは鼻で笑うくらい嫌悪していているのですが、
どうも私も 誰も泣かないところで泣くようなどうしようもない胡散臭さを持っているらしく困惑します。

先日 先輩から小川町セレナーデという映画のDVDをお借りしまして、安田さんが女装しているという段階で
それはそれはもう大好きな予感しかしなかったわけですが、何も構えずに見たわけです。
そしたら何だか分からないですが物凄く泣けまして、その後 別の先輩にお回ししたんですが
泣きましたよ!とか自信満々で言ったら 後日「面白かったけど全然泣けなかった」とのお言葉…
ええっ うそ!
そう考えてみますと、ストーリーを思い出しても 確かに号泣するようなところはなかったわけです。
どうしてあの時 自分は泣いたんだろう、不思議が不思議を呼び次週に続・・・・・・かない。

そういえば と思い出しますと、同じようにグランドブダペストホテルを見ていた時もそうでした。
この映画も物凄く琴線に触れまして、カメラワークとか色の使い方とか、人の動かし方、
テンポ感、勿論ストーリーも含め・・・ あ、物語自体は結構破天荒なんですが 絵本的で
リアルさが少ないのに時々物凄く現実的な事が挟み込まれるからぐいぐいぐいぐい引き込まれてしまって
途中で止めて他のことをするという選択もできないまま2時間終わりまで見続けてしまったくらい
もう本当に素晴らしいのですけれど、監督が作り出そうとしている世界への愛情の深さとか
ユーモアとか 音楽とか、役者さんの選択だとか 物語の中でその人物が生きている状況だとか
エンディングでの遊び心とか、全部全部作ってる側がそれを大好き(そう)であるとか
滲み出るそういうものを受け取ってしまって泣く、ということなのかも知れない。
と いま思ったりして、解決しない疑問なんてナンセンスですよね。

そんなに客観的に分析しながら見ているわりに、実際にあるお話じゃないのに
「この人たち」に幸せになってほしいと強く願いながら見ている自分がいるから話になりません。
流れはほぼ分かってるのです。さびれていて、盛り上がって、問題が起きて、そして収束する。
どちらの作品もそうです。出てくる人間達も不憫で哀れで、わがままで可愛い。
その人たちが物語で動いていくこと、予想するに容易いそれらをいかに修飾していくか。
それがどれほど上手く成されているか。その上手さに泣くんでしょうかね。
だって私はもう「そこにいる人たち」をとても好きになってしまっていて、
作られた世界だと分かっていて、それでも彼らの幸せな結末を見たいと思ってしまっている。
制作サイドの思うつぼですが、そこまで没頭して見てしまうような映画も少ないので、
本当にそれが良作であると実感すると同時に、見られて良かったなと本当に思います。

というわけで何に煮詰まっているかと言うと(煮詰まってた)、
いま自分が作っているコンテの作品をどうやってまとめ、素敵なものにしていくか。
初めてコンテに接する子ども達や大人達に「面白くなかった」と思われないものを作っていけたら
とても幸せだろうなぁとぼんやり思うのです。
ただ 今井さん体験もそうですが、そういう素晴しいものに接すると 本当に泣けてくるほど
自分の凡庸さに打ちのめされるので、誰でもないこのタイミングを恨みたい。俺の凡人さを呪いたい。
何も秀でたところがないだけに 潔さとテンポ感、ユーモアと愛嬌が重要だな、と心底思いました。
いつも知っていて すっかり忘れていることを、こういう風に再確認するのですね。
そして それを見た子どもとか大人が いつかそういう事をやってみたいと思ってくれたら
そんなに素敵なことはないだろうなぁと妄想しながら捻り出していきたいと思います。

 
| 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
ぎゃ!
9月になってました!びっくり!!
まだ夏休み期間なので仕事場に行ったり行かなかったりしてリフレッシュしてます。
久々に仕事場に行くと「久しぶりだなぁ!」なんて思っちゃう。幸せなことです。
まだまだ暑いままでいてほしい。やっぱり夏が好きだ!俺は暑い夏が好きだ!(悪あがき)

さて気づけば8月が終わってしまっていますが、ちゃんと山も満喫してきたんです。
今年は山形にて。

将棋の駒とサクランボの里・天童。サクランボは終わっていまして、桃の時期でした。


生まれて初めて桃狩りをしました。
桃が成ってる姿って本当に本当にかわいいのです。こんな光景が広範囲にわたって広がっており、
まさにこの世の春です。昔の人は「桃源郷」なんてよく言ったものだと本当に思いました。
おいしいものを刈る というより、その場にいて景色を見てるだけで幸せになれます。

桃は採りたてをその場でいただくのですが、刈っては食い刈っては食い。水分ですぐにお腹一杯です。
でも包丁を片手にその場で3玉を喰らうという野生児っぷりを発揮しました。頑張った!
少し時間や日にちを置くと柔らかく さらに甘くなるそうですが、刈りたてのサクサクした桃もまた良いのだ。

その後、お店に戻って 実は前から知り合いだったという話で盛り上がり、
お買い物もさせて頂いていたら こんな素敵なサーヴィスが!

どーん!

サクランボソフト! かぅわいいいぃぃぃぃ!!!!! 
これがまたサクランボの風味がいきたとても美味しいソフトクリームで、大変なものをいただいてしまい
恐縮しまくりました。王将の皆さん、ごちそうさまでした! 本当にすみません 汗

さて、今回の旅のメインは山寺でした。上ってきたよー。

健脚の人で上まで行って40分ほど、とタクシーの運転手さんがおっしゃっていて、
そうなの?!という感じでしたが、確かに たまに山に登る程度の私たちの足で4,50分ほどでした。
我らの健脚が証明されたわけです、えっへん。うそうそ。

山寺の駅からお山の全景が見えるんですが、もうなんだか聖地感が物凄かったです。
場所によって時々空気が変わる所があって、ふと柳田國男氏の生と死の境界線の話を思い出しました。
見晴台からの眺めも風の通り方もここならではで、やっぱり山が身近にある場所はいいなぁと羨ましくなります。
どうでもいいですが 下のお土産屋さんで飲んだスイカソーダがめちゃくちゃ美味かったです。
春に行った北海道ではイロハスのハスカップ味がめちゃ美味かった。そんな今さら…

行く先々でタクシーを使わせていただいたんですが、それぞれの運転手さんたちが大好きすぎて
一緒に写真を撮れれば良かったと悔やむくらいとても面白い時間を過ごさせてもらいました。
皆さんお喋りしてくれるんですけど、ネイティブの山形弁には完敗です。
半分くらいしか聞き取れないのとか、冗談抜きで後ろの席で笑いながら泣きそうなくらい嬉しかったです。

各地の名所に行ってその空気に触れるのが目的なんですが、そこで接する人に癒されたり元気になったり、
意図せず出会うそういう事も含めて旅なんだとしみじみ思いました。行けて良かったな、会えて良かったな。
そして帰ってきてまた少し頑張ろうなんて柄にもなく思っちゃうから リフレッシュって本当に必要ですね。

12月に向けてコンテも作り始めたし、いいものできるように引き続き精進せねば。
 
| 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
ツイッターまとめ(まとまってない)
虚無感と言うんでしょうか、この感じ。久々だなぁ。
先日 今までいろいろ頑張ってきてこれかぁ ってなるようなことがありました。
他者から及ぼされる急激な変化にあてられて一気に かすかす、ぱさぱさになります。
ほとんどのことでは驚かなくなりましたが、それまでの積み重ねってありますよね。
言われたこと全部、二ヶ月前に当事者に言いたかったことです。
優しさって何でしょうね。陳腐な言葉だ。
他者との関わりは概ね 理解し納得して心を治め立て直す、の繰り返しですが
それでも尚 そのあとに残る澱のようなものが厄介だなぁと思います。
もうそろそろ本気で身の振り方を考えた方が良いのかもしれません。
一日30時間と(控えめ)疲れない体と 何にも心を動かされない精神力と
情に流されない冷徹さが欲しいものです。
| 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
鈍感になりたい
と結構真面目に思います。
あんまり鋭いと色々考えちゃいますしね、いろいろいろいろ。
気付かなければ良かったなぁとか、気付きたくなかったなぁとか、何で気付かないのかなぁとか。
一番最後のは愚問ですね。
相手に求めると疲弊するのを知りましたので それはしなくなりましたが、本当に色々あります。
でもきっと自分自身で鋭いと思っていても もっと凄い人には「こいつ鈍感でわけ分かんねぇなぁ」
と思われてるでしょうしね。自分では分からない隙なんて必ずあるし。

でもみんなわりと鈍感になりたいって思いながら生きてるんですよね。これを読んでるあなたも。私も。
ちゃんと鋭く気付いていて、それで「あぁなんか気付いちゃったなぁ・・・」みたいなね。
で、自覚的に気付けてない人っていうのは世の中結構少ない。
なのにどうしてか自分の周りにそういう人がいて、ああまたか、と思ってしまったり
どうせこう思ってるのは自分だけだろうな とか、分かってるくせに「なんでこうなのかな」って思ってしまったり。
だから本当に分からない人が羨ましい。何を言われてても分からないくらいになりたい。

で、分かっている同士で話をしていても それを大きい声で口に出すか出さないかもまた違います。
いま気付いたんですが、(いま何かあった) 私は周知していることを改めて大きい声で聞くのが苦手なようです。
分かってるから言ってくれるな、ということなんでしょうかね。
でも大きい声で言いたい人もいて、だけど自分はもう「そこ」にはいないわけ。
分かっているなら じゃあ自分でどうにか心を治めてくださいよ、治められるように工夫してくださいよ、
と思ってしまうのです。そこまで分かっているなら その先の治め方も分かってるはずだからさ。
うん、でもきっとそれが個性だ。
そういう、大きな声で正統なことを言う人が仕事場や世の中を変えていくんですよね。
私にできることなんて、せめて自分と接する人が気を緩められるように対応するくらいです。
でもこちらのコンディションが悪いと あっという間に「はいじゃあお一人でどうぞ」なんですけども。

こういう場面でも結局「気付ける気付けない」が細分化されてしまって、このまま行くと私きっと
お友達がいなくなるわ・・・ なんて思いつつそんなに深刻でないのは、それらの人達に関心がないからだろうか。
こんなことを考えて書き連ねてしまうのは 凄く寒くて 凄く雨が降っているからだろうか。
それじゃあ聴いてください、最後の曲です。雨ニ唄エバ。

そうそう、プラスチックツリーっていいですよね(唐突に)(真顔で)
私 あの人たちはプログレだと思っているふしがありまして、だってインストとか凄いんですもの。
インストでない曲も展開がすごいのあるし。不協和音すれすれのところでたゆたう曲とか。
私が無類のインスト好きなのはもうご存知だと思いますが、それにしたって作られる世界観がドンピシャ過ぎて
こういうことしてくれるバンドさんは稀だよなぁ、知れてよかったなぁ!と 心底思うのです。
音だけで映像が見える感じとか 迫り来る高揚感とか、耳元でそれを感じられる多幸感は本当に久々で
なんだか気持ちにまとまりがつかない(ここんちの曲の振り幅と同じくらい)。
で、そこには各人の自由を各人が認め合えるかというところにも繫がっていると思っていて、
プラの人達はお互いに信用して、新たに出てきたものを わぁ、とか おぉ!とか言いながら肯定的にもの作ってる
(ような気がして)いいのです。実際どうなのかは知る由もないですけど。
あっちゃんにも通じる 有村さんの声や歌い方の変幻自在なところと、それを包括して更に助長しながら混ざる
弦楽器、太鼓の職人技。その兼ね合いがあってこそ可能性は広がっていくんでしょうね。
私がBTを聴いて、見て、分からずになんでか魅かれて、言葉にできなかった部分はそういう事だったのかも、と
プラの人たちを通してようやく分かりました(着地)(そこか)。
良くも悪くも やっぱフロントマンて全体に及ぼす影響力を大きく握ってるんですね。
他のメンバがそれを いい!と思ってないとそこに合う世界は全体では作れないですし、それぞれが自分で
新しいものを取り込んでいくことも必要で、それを容認する大きさや 信頼関係がものを言うのだと思いました。
そしてそれがそのバンドの姿勢になると 制約のなさが全体の振り幅や個性になりますし、
果てに 何でもできまっせ という大きさに繫がると。
そうして何となく、私の辿る流れも軌道修正されたような気がするのです。

そういえばリクエスト募ってましたよね。すっかり締め切りを過ぎた現在、いま私が聴きたいプラの3曲。
 1.218小節、かくも長き不在。
 2.作品「Ammonite」
 3.暗転

あれ、竜太朗さんはどこだ。「暗転」で暗転です。また来週!(気が済んだ)
| 17:04 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
占いとかは
見ますが 特に気にかけたりはしないので「ほほう(蚊帳の外)」という感じで受け止めていて、
「思わぬところからお仕事のお声がかかるかも!」というような内容があっても
「ああそうですか(蚊帳の外)」くらいに思っていましたら、それを見た日の昼過ぎに前職の方からメールが。
突発的に急ぎで仕事を一件お願いしたいとのことで、こんなことってあるんだ!とタイミングにびっくりしました。
彼らが時間的にかなり切羽詰った状況で仕事をするのも日常茶飯事で知っていましたし、
こちらが断らないと知っていて連絡しているのも伝わりましたし、まぁ断る理由もありませんし
即答で引き受けさせていただきました。

社長が手書きした図を整理して正式なものを仕上げるという発注で、イラストレーションを作成するような
その辺りのソフトを持っていないためどうなることかと思いましたが、確認するとどうやら私の手書きがいいと。
なんと!
絵を描くこと自体はとても好きですがそれを生業としているわけでも無く、
でもどこかでうっかりポロリしてしまったそういう性質を覚えていてくれて、重要な仕事の場面で使ってくれる
それに本当にびっくりして、とてつもなく嬉しいと思いました。なんせお金も発生しますし、これは大変なことだ!

最初は社長の書いた絵の清書をすれば良いかなと思っていましたが、やっぱり見ずらさは変わらず。
奇妙な部分や足りない箇所は手を入れて欲しいようなことが書いてあるのですが、
元絵を描いた社長の想いや勢い、熱さがひしひしと感じられて、それが紙面から出てて
生半可な気持ちでは手を付けられないのです。大袈裟でなく本当に。
伝えたいことが凝縮してるものって、こっちが上辺だけで取り扱おうとしてもそれ以上に化けてくれることはなく、
当然の話ですが、そもそも概要や目的をちゃんと分かっている人が書くものは強いし、完成度が高いのです。

で、私が書いてもこの程度ですが…とメールを投げましたところ「もっと俺色出していいよ」と言っていただき
そこで初めて関係する事柄や特徴を調べました。この作業を怠ると本当にだめです。
それをしなければ「私が」「それを描く」意味が全くないし、何のために何を書いたのか が伝わらないのです。
それが、少し知識を得ただけで全然違ったものになります。何も知らないで書いていた時よりも
自分の中での処理度というのだろうか、何を選んで抽出して載せていけば良いのかが明確に分かると
そこに自分の個性を便乗して載せてもブレずに伝わっていくような気がします。
んで、それが多分 お金をもらうお仕事には欠かすことのできない最低限の「感情移入」というんだろうか。
そんな事を改めて考えていました。
それに伴う思考錯誤は絶対的に必要な過程で、それをしないものはきっと何も伝わらないんですね。
書かされてんな、愛がねえな、って見抜かれて終わってしまうという。恐ろしいことだ。
それは結局踊りを作る時にも考えることで そうかそうか、なんだ一緒じゃん、なんて改めて思ったのです。
それで、社長の企画に本気の茶々を入れて、もうこれ以上 面白くできないなと思うような、
自分がそれを見て「わぁ!」っとなるようなものを提出しました。色も付けたし凄い可愛くもしました。

リミットがありましたので、あとはお願しますという気持ちで見切りをつけまして、雨上がり、湿った肌寒い夜道を
手書きの紙とUSBと財布だけ持って、チャリンコかっ飛ばして23時前のセブンイレブンまで行ってさ。
複合機と向き合ってデータだけ落として何も買わずに帰ってきてメールしたわけです。
この一連の動きの途中、何が必要だと痛切に思ったか。スキャン機です。この際 仕事場にあるような複合機が欲しい。
でもそんなのあったらきっとこの先の人生の道を間違えてしまいそうなのと
こんな不思議な感じで仕事をする機会はこの先もうないだろうとも思え、やっぱ要らねぇか、と思い直して
怒涛の2日間は幕を下ろしたわけです。実質関われた時間は6時間くらい。
次の日メール見たら「めめめめめっちゃんこいい!!!」って返信いただいてまして めっちゃんこ嬉しかった!!

いやー、タイミングって面白いですね。改めて自分とその界隈を俯瞰してみる機会が突然降ってきて、
それが占いの内容とドンピシャだったりすると、すっごい信じて頼っちゃおうかなって気持ちになるのも無理はない。
でも私はやっぱり「ヘー(蚊帳の外)」って思いながら ネタにするくらいがちょうどいいと思ってます。
だって乙女座って 某めざましテレビの占いで絶対上位に挙がってこないしさ、でもそんなに毎日は悪くないし。
そんなもんすよ。ね。

 
| 20:33 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
ときめく
服が多すぎて箪笥の引き出しが壊れるという惨事がありました。

そもそも何でこんなに服が多いのか。衣装で使ったものがそのまま自分のものになってしまうからです。
だから自分で作った作品の衣装はできるだけ普段着れる物をと思っていて、そうするとその分 服が増える。
・・・というのは言い訳です。それ以外でついつい毎シーズン買ってしまうのよ。

で、好きなものは着続けるので やっぱりある程度傷みが出てきて、それでも着られるので着ていると
本格的に着るのに支障が出てくるんですが、愛着があるので捨てられない というループですよね。
うんうん分かる分かる。だって私、物 捨てられないもん。
好きだから置いときたいんですが、置いといても着ないので、そういう子達にお礼を言って
とうとう さよならすることにしました。

という性質を持った俺を前提として話を進めていきますと、
最近流行ってるらしい「ときめく? ときめかない?」でひとつずつ判断して分別していっても
ときめくじゃん、普通に。全部。好きで買ってんだから。
埒が明かないので 「くたびれてる? くたびれてない?」で判断することにしました。
そしたらだいぶくたびれてるのがあって、それらはお礼と労いの気持ちを精一杯込めてお送り申し上げまして、
箪笥もだいぶ軽くなりました。

ときめく、ときめかない、というよりも、くたびれてる、くたびれてない、の方が判断しやすいです。
私だいたいときめいちゃいますしね。
同じように 何かをメモした紙とか全部取っておいてしまうクセもありますし。
でもそれでいいんだと思います!! そういうのと久しぶりに対面した時の楽しさったらないです。
そうして捨てられない俺の部屋はどんどん大変なことになっていく。

でももう少し頑張って物を減らしたいと思いまーす。
| 10:30 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
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