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どうしても書きたいことを書き散らかす日記
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琴線について
他人とずれた感性をしています、と自分で言う胡散臭さは鼻で笑うくらい嫌悪していているのですが、
どうも私も 誰も泣かないところで泣くようなどうしようもない胡散臭さを持っているらしく困惑します。

先日 先輩から小川町セレナーデという映画のDVDをお借りしまして、安田さんが女装しているという段階で
それはそれはもう大好きな予感しかしなかったわけですが、何も構えずに見たわけです。
そしたら何だか分からないですが物凄く泣けまして、その後 別の先輩にお回ししたんですが
泣きましたよ!とか自信満々で言ったら 後日「面白かったけど全然泣けなかった」とのお言葉…
ええっ うそ!
そう考えてみますと、ストーリーを思い出しても 確かに号泣するようなところはなかったわけです。
どうしてあの時 自分は泣いたんだろう、不思議が不思議を呼び次週に続・・・・・・かない。

そういえば と思い出しますと、同じようにグランドブダペストホテルを見ていた時もそうでした。
この映画も物凄く琴線に触れまして、カメラワークとか色の使い方とか、人の動かし方、
テンポ感、勿論ストーリーも含め・・・ あ、物語自体は結構破天荒なんですが 絵本的で
リアルさが少ないのに時々物凄く現実的な事が挟み込まれるからぐいぐいぐいぐい引き込まれてしまって
途中で止めて他のことをするという選択もできないまま2時間終わりまで見続けてしまったくらい
もう本当に素晴らしいのですけれど、監督が作り出そうとしている世界への愛情の深さとか
ユーモアとか 音楽とか、役者さんの選択だとか 物語の中でその人物が生きている状況だとか
エンディングでの遊び心とか、全部全部作ってる側がそれを大好き(そう)であるとか
滲み出るそういうものを受け取ってしまって泣く、ということなのかも知れない。
と いま思ったりして、解決しない疑問なんてナンセンスですよね。

そんなに客観的に分析しながら見ているわりに、実際にあるお話じゃないのに
「この人たち」に幸せになってほしいと強く願いながら見ている自分がいるから話になりません。
流れはほぼ分かってるのです。さびれていて、盛り上がって、問題が起きて、そして収束する。
どちらの作品もそうです。出てくる人間達も不憫で哀れで、わがままで可愛い。
その人たちが物語で動いていくこと、予想するに容易いそれらをいかに修飾していくか。
それがどれほど上手く成されているか。その上手さに泣くんでしょうかね。
だって私はもう「そこにいる人たち」をとても好きになってしまっていて、
作られた世界だと分かっていて、それでも彼らの幸せな結末を見たいと思ってしまっている。
制作サイドの思うつぼですが、そこまで没頭して見てしまうような映画も少ないので、
本当にそれが良作であると実感すると同時に、見られて良かったなと本当に思います。

というわけで何に煮詰まっているかと言うと(煮詰まってた)、
いま自分が作っているコンテの作品をどうやってまとめ、素敵なものにしていくか。
初めてコンテに接する子ども達や大人達に「面白くなかった」と思われないものを作っていけたら
とても幸せだろうなぁとぼんやり思うのです。
ただ 今井さん体験もそうですが、そういう素晴しいものに接すると 本当に泣けてくるほど
自分の凡庸さに打ちのめされるので、誰でもないこのタイミングを恨みたい。俺の凡人さを呪いたい。
何も秀でたところがないだけに 潔さとテンポ感、ユーモアと愛嬌が重要だな、と心底思いました。
いつも知っていて すっかり忘れていることを、こういう風に再確認するのですね。
そして それを見た子どもとか大人が いつかそういう事をやってみたいと思ってくれたら
そんなに素敵なことはないだろうなぁと妄想しながら捻り出していきたいと思います。

 
| 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by ふみち
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